第119回 ヨーロッパ音楽都市巡り ハイデルベルク その4 「愛怨」1
ハイデルベルク編を始める時に少し触れましたが、私のハイデルベルクの1番の想い出といえば、やはりオペラ「愛怨」でしょうか。あいえん(AIEN)と読みます。「愛怨」(AI-EN)とは、2006年に新国立劇場で初演された三木稔(1930-2011)のオペラで、その台本を書いたのが瀬戸内寂聴(1922-2021)です。

ハイデルベルク歌劇場の仮設オペラテント
その初演を見にきていた世界的なドイツのオペラ誌Opernweltの批評を見て、ハイデルベルク市立劇場のオペラ監督がスコアとDVDを入手し、このオペラに惚れ込んでしまったのです。そして、どうしても「愛怨」のドイツ初演をハイデルベルク市立劇場でやりたい!というオファーが三木先生のもとにやってきたのです。台本はもちろん日本語だったので、ヴォーカルスコアにローマ字を書き入れるという膨大な作業やハイデルブルク市立劇場の数ヶ月に及ぶ情熱を持った準備を経で、2010年2月20日にドイツ初演が実現したのです。びっくりしたのは、ドイツのオペラハウスのシーズン定期公演に日本のオペラが取り上げられるということでも非常に珍しいのに、ほとんどが地元ドイツ人の歌手たちがすべて日本語で歌うというのは、日本のオペラ史上に輝く快挙が行われたことです。しかも評判が評判を呼んで地元では熱狂的に受け入れられ、全8公演がすべて満席、さらにはマスコミに絶賛されていました。

三木稔レクチャー(真ん中)
私は、三木先生ご夫妻やその後援会の方々、さらには瀬戸内寂聴先生の関係の方々をハイデルベルクにお連れし、6月5日の千秋楽の公演を見てきました。とても感動的で素晴らしい舞台となりましたので、今でも強烈に覚えています。歌劇場では、千秋楽にお2人の講演も行われました。

瀬戸内寂聴レクチャー(ちょっとピンボケですみません)
三木先生は四国の徳島の出身ですが、寂聴先生も同じ徳島の出身で、以前から交流はあったそうですが、この新国からの新作の委嘱にあたり、以前から寂聴先生の美しく理解しやすい文体がオペラに適しているという考えられていたとのこと。そして、「奈良時代」「遣唐使」「初期仏教」「琵琶」という4つのキーワードを元にオペラの台本を書いて欲しいと依頼されたそうです。寂聴先生は慣れないオペラの台本ということ、超多忙なこともあり、創作は遅々として進まず、台本の提出は期限は大幅に過ぎてしまいました。新国立劇場から矢の催促を受け、改めて契約書を読み直すと、台本が書けなかった場合、莫大な罰金を払わなければならないことが分かり、一生懸命書きました、とユーモアたっぷりに告白。会場は温かく大きな笑いに包まれました。
執筆:上月 光