第115回 ヨーロッパ音楽都市巡り バッハ巡礼その9 ライプツィヒ2
突然ですが、バッハ巡礼の最終回は、コーヒーの話をさせて下さい。
17世紀の始め、コーヒーはアラビアでイスラム教徒の飲み物でした。それがローマ、ヴェネツィアなどイタリアに伝わり、瞬く間にロンドン、パリ、ウィーンなど大都市へ広まっていきました。
そして、ヴェネツィア編でもご紹介したカフェ・フローリアンなど各地でカフェ(コーヒーショップ)が登場します。当初は、女人禁制のところも多く、芸術家や政治家の社交場のサロンとしての役割を果たして大流行していきました。

当時のカフェ・バウム
そんな中、ドイツにもコーヒーが上陸、ドイツ最古のカフェと言われるのが、1711年にライプツィヒに出来たカフェ・バウム(Coffee Baum)です。Baumとはドイツ語で樹木という意味ですが、日本でも有名なお菓子のバームクーヘンは、ケーキの層が樹木の年輪のように見えることからその名前が付けられています。カフェ・バウムは、アラビアのコーヒーの樹から取られた名前です。

現在のカフェ・バウム
さてここから本題ですが、ここでバッハです。
バッハといえば、やはり教会音楽の声楽曲です。ライプツィヒの初期の時代に書いた膨大な教会カンタータ、2つの大曲の受難曲、さらにはオラトリオやミサ曲等も重要です。カンタータとはイタリア語の歌うを意味するカンターレから来た言葉ですが、器楽伴奏による声楽曲のことです。ドイツでは、プロテスタント教会の礼拝のために作られた曲を教会カンタータといいます。そしてバッハはライプツィヒで毎週のようにこの教会カンタータを書きまくりました。

バッハ直筆のコーヒー・カンタータ譜面
一方バッハは器楽伴奏を伴うカンタータでも、教会の礼拝以外のカンタータ、つまり世俗カンタータも20曲ほど書きました。その中でも最も有名なものが、「おしゃべりはやめて、お静かに」、通称「コーヒー・カンタータ」(BWV 211)です。

コーヒー・カンタータ譜面
この曲は1734年にライプツィヒのカフェ・バウムでコーヒー愛好家でもあったバッハ自身の指揮で初演されました。当時ライプツィヒでは、コーヒー依存症が深刻な社会問題になっていましたが、コーヒーにぞっこんの若い娘とコーヒーを止めさせたい父親の絶妙のやり取りを10曲からなる見事な喜劇にしたのです。

バッハ関連のコーナー
バッハ以降もカフェ・バウムはライプツィヒの最高のサロンとして大切な役割を果たし、
ワーグナー(1813-1883)やリスト(1811-1886)も通い、特にロベルト・シューマン(1810-1856)は、ここで仲間と毎日のように音楽談議をしたのです。

コーヒーショップのコーナー
カフェ・バウムは今も残っていて、コーヒーハウスとしてだけでなく、コーヒー博物館としてライプツィヒの観光スポットになっています。
これでバッハ巡礼とライプツィヒ編を終わろうと思います。
執筆:上月 光