第98回 ヨーロッパ音楽都市巡り 「ライプツィヒ」その5 ゲヴァントハウス

第98回 ヨーロッパ音楽都市巡り 「ライプツィヒ」その5 ゲヴァントハウス

2022年03月29日(火)11:00 AM

 さて、先週のライプツィヒ歌劇場のオケピットに入っているオーケストラして簡単に紹介しましたが、世界最古の市民オーケストラが、ゲヴァントハウス管弦楽団です。商業の街として栄えていたライプツィヒで、商人たちが16人の奏者によってグランド・コンサートを開いたのが、1743年3月のことです。

ゲヴァントハウス外観



 当時、コンサート、オペラは、王侯貴族たちが自分の宮殿や城で楽しむのもでした。しかし、このゲヴァントハウス以降、入場料さえ支払えば、どのような身分の人でもコンサートが楽しめるようになったのです。商業の街ライプツィヒの商人たちが自分たちも音楽を自由に楽しめるように作ったオーケストラが、18世紀以降の素晴らしい音楽、作曲家を育てて行きました。

外観正面



 当初はホテルで演奏会を行っていましたが、どんどん聴衆が増えていったため、1781年織物商人たちの集会場の中に500席の客席を持つホールを作りました。ゲヴァントハウスとは、ドイツ語で織物会館という意味ですが、これがこのオーケストラの名前の始まりとなったのです。

ロビー



 1811年にはルードヴィヒ・フォン・ベートーヴェン(1770-1826)のピアノ協奏曲第5番「皇帝」を初演。1835年にフェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)がカペルマイスターに就任すると、メンデルスゾーンやロベルト・シューマン(1810-1856)というドイツロマン派を代表する偉大な作曲家の作品を数多く初演するなど、全盛期を迎えました。主な作品としては、メンデルスゾーンの交響曲第1番、第3番「スコットランド」、ヴァイオリン協奏曲、シューマンの交響曲第1番、第4番「春」などがあります。さらには、シューマンが、フランツ・シューベルト(1797-1828)の遺品の中から交響曲第8番「グレート」の自筆譜を発見、1838年にメンデルスゾーンの指揮で初演したのです。

ホワイエ



 その後もヨハネス・ブラームス(1833-1897)のヴァイオリン協奏曲、「ドイツ・レクイエム」の全曲演奏やアントン・ブルックナー(1824-1896)の交響曲第7番などが初演され、間違いなく19世紀ヨーロッパのロマン派音楽の中心地でした。

 1884年には1,500席の客席と素晴らしい音響を備えた新ゲヴァントハウスがオープンし、以降、アルトゥール・ニキシュ(1895-1922)、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1922-1928)、ブルーノ・ワルター(1929-1933)ら偉大な指揮者がカペルマイスターを務めました。しかし、1944年に第2次世界大戦の空爆で破壊され、その後20年以上廃墟として保存されていました。

ゲヴァントハウス模型



 1970年にはクルト・マズア(1927-2015)がカペルマイスターになり、1981年、現在のゲヴァントハウスがアウグストゥス広場に開館しました。ガラス張りの4階まで吹き抜けの現代建築で造られましたが、1920席のヴィンヤード型は理想的な音響を持っています。 マズアは、ベルリンの壁崩壊に繋がった1989年のライプツィヒの月曜デモにも大きな役割を果たしました。

クルト・マズア像



 現在、ゲヴァントハウス管弦楽団は、200名を超えるメンバーを持ち、ライプツィヒ歌劇場のオケピットに入るだけでなく、最古の弦楽四重奏団のゲヴァントハウス弦楽四重奏団、木簡五重奏団やゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団を持ち、さらにはゲヴァントハウス合唱団や少年少女合唱団も持ち、まさに八面六臂の活躍を続けています。 

名指揮者たちの写真



執筆:上月 光



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